(左図)今回見出したバイオ光触媒によるNH3と水素生成のイメージ図
生態系の代謝の一部を光触媒プロセスで置き換えることで、シアノバクテリア内のニトロゲナーゼに電荷を伝達し、高速でアンモニアと水素の合成を実現した。
2023.11.16
三井化学株式会社
アンモニアは肥料や工業原料として広く使われる有用な化学薬品で、近年はグリーン水素の運搬の媒体としても期待されています。従来は、400℃、200気圧以上という高温、高圧下で、窒素と水素を用いて合成されており、エネルギー多消費のプロセスでした。 一方で、ニトロゲナーゼという酵素では、常温、常圧下で、アデノシン三リン酸(ATP)をエネルギー源としてアンモニアを合成しますが、反応速度が非常に遅いことが課題です。今回、シアノバクテリア内のニトロゲナーゼに、光触媒を用いて還元した電子伝達媒体のメチルビオロゲンを用いて、直接、電子を輸送することで、大気中の窒素と水から直接、アンモニアを生体触媒に比べて80倍以上の速さで合成できることを見出しました。 九州大学のカーボンニュートラル国際研究所三井化学カーボンニュートラル研究センターの石原達己教授、Kosem Nuttavut特任助教、大﨑穣特任助教らの研究グループは、従来のシアノバクテリアの生体機能の一部の代謝系を、光触媒を用いて代替することと、生成したアンモニアの代謝を抑止することにより、常温、常圧下で窒素と水からアンモニアと水素を合成することを可能としました。 今回の成果は、現在、環境保全の観点から要望されているカーボンニュートラルな社会の達成のために再生可能エネルギー起源のグリーン水素の利用の促進のみでなく、肥料などに使われるアンモニアの温和な条件での合成を通して持続可能な社会の実現に役立ちます。 本研究成果は、オランダ、エルセビア社出版の雑誌「Applied Catalyst B Environment」に2023年10月24日(日本時間)にオンラインで公開されました。 |
(左図)今回見出したバイオ光触媒によるNH3と水素生成のイメージ図
生態系の代謝の一部を光触媒プロセスで置き換えることで、シアノバクテリア内のニトロゲナーゼに電荷を伝達し、高速でアンモニアと水素の合成を実現した。
アンモニアは現在、肥料として食物の生産に必要不可欠な化学原料であるとともに、各種の工業プロセスや薬の合成の原料として重要な基幹工業原料です。一方で、現在はグリーン水素の可搬媒体としても期待され、その利用が急速に拡大すると期待されています。現在、アンモニアはFe系の触媒を用いて大気中の窒素と水素からHaber-Bosch法というプロセスで合成されますが、窒素の活性化と化学平衡の観点から、400℃程度の高温と、200気圧以上の高圧を必要とし、エネルギー多消費型のプロセスとなっています。したがって、合成時に多くのCO2の排出を伴うことが課題です。
一方、生体ではニトロゲナーゼという酵素は、ATPをエネルギー源として大気中の窒素の活性化を、室温、常圧下で行うことが可能ですが、反応速度が遅いことと、ニトロゲナーゼの不安定性から、長時間の反応を行うことができませんでした。また生体触媒では、生成したアンモニアを用いてタンパク質を合成するため、アンモニアとしての生成速度が小さいことが課題でした。
今回の成果は、ニトロゲナーゼが室温、常圧下という温和な条件で、窒素を活性化でき、水からアンモニアと水素を直接、合成できる点に着目し、無機光触媒としてのチタニア(TiO2)と電子伝達系としてのメチルビオロゲン(MV)を用いて、光触媒の光励起で発生した電子を、MVを通してシアノバクテリアというバクテリアの細胞内のニトロゲナーゼに直接、伝達すること(図1参照)で、大気中の窒素と水から従来の生体システムに比べ82倍という高い速度で、常温、常圧下において水素とアンモニアの合成を行うことができることを見出したものです。この生成速度は、従来の報告と比べても40倍以上の生成速度になります(図2,表1参照)。さらに、シアノバクテリアの培養条件を最適化し、ニトロゲナーゼを含むヘテロシスト細胞を増加させたことで、比較的、早い反応速度でのアンモニアと水素の合成を実現することができました。今回は、シアノバクテリアという生きている細胞内の酵素へ、光触媒で発生した電子を直接、MVの電子伝達系を用いて伝達することで、100時間以上の長期にわたり反応を行うことができました(図2参照)。新しいアンモニアと水素の人工光合成の手法として期待されます。
今後は、アンモニアの生成速度をさらに向上させることを目的に、他のタイプのニトロゲナーゼの応用と長期安定性の向上、電子伝達系の高速化、無機光触媒の可視光応答化による太陽光エネルギー変換効率の向上などを行います。とくに電子伝達系を工夫することで、アンモニアと水素の生成速度の向上が期待できます。一方で、5年程度後より、実用化を考えて、パネル型の反応器への応用を行い、実用性を三井化学と連携して進めて参ります。
図1本研究の概要図
図2バイオ光触媒による窒素と水からのアンモニア、水素合成の経時変化
a)水素生成速度、b)窒素の消費速度、c)アンモニアの生成速度
表1アンモニア生成速度の比較
【用語解説】
(※1) ニトロゲナーゼ
リゾビウム (Rhizobium) 属(根粒菌)など窒素固定を行う細菌が持っている酵素。大気中の窒素をアンモニアに変換する反応を触媒する。
N2 + 8H+ + 8e- + 16 ATP → 2NH3 + H2 + 16ADP + 16Pi
極めて酸素に弱く、酸素に触れると数分間で不可逆的に失活する。そのため、本酵素を有する生物にはそれぞれ空気中の酸素からニトロゲナーゼを隔離する機構が見られる。
(※2) シアノバクテリア
酸素を発生する光合成(酸素発生型光合成)を行う原核生物。 酸素発生型光合成は、植物の光合成と基本的に同じものである。 シアノバクテリアの祖先は30~25億年前に地球上に出現し、初めて酸素発生型光合成を始めた。
(※3)光触媒
光を照射することにより触媒作用を示す物質の総称。TiO2などが代表的な光触媒で、光により、電荷分離した電子とホールによる還元および酸化反応を行う。
(※4) アンモニア
分子式が NH3で表される無機化合物。常圧では無色の気体で、特有の強い刺激臭を持つ。
水に良く溶けるため、水溶液(アンモニア水)として使用されることも多く、化学工業では基礎的な窒素源として重要である。
【謝辞】
本研究は三井化学株式会社との包括提携による共同研究の成果です。
【論文情報】
掲載誌:Appl. Catalysis B Environment
タイトル:Photobiocatalytic conversion of solar energy to NH3 from N2 and H2O under ambient condition
著者名:Nuttavut Kosem, Xiao-feng Shen, Yutaka Ohsaki, Motonori Watanabe, Jun Tae Song, Tatsumi Ishihara
DOI:10.1016/j.apcatb.2023.123431